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高森明勅
2011.6.18 14:47

自分が何を言うか分からない?

道場の参加者募集に当たり、毎回、予めテーマが示される。

開催の1週間前には師範が集まって、打ち合わせもある。

だから当然、事前に当日どんなことを喋りたいか、考える。切通さんが仰っているように、これだけは言っておきたい、ってことも胸の中に潜ませている。

ところが正直に白状すると、性格がいい加減なのか、控え目なのか、最後まで肝心なことを言わずじまいだった時も、少なくない。

大きな反省材料だ(切通さんを見習わなくては)。

その一方、自分でも事前には思いもしなかったようなセリフが飛び出したり。

他の師範の発言や道場生の質問などに触発されるのだ。

思いつきと言われると、その通りかもしれない。

しかし不思議なことに、喋った後、自分で「確かにその通りだよな」と、自分の意見に心の中で頷いていることも。

こんな経験は珍しい。

敵対的な論争では、相手を論破するのが至上目的だから、他人の主張に耳を傾けて、素直に自分の意見を変更するなんて、通常あり得ない。

似たような立場の「仲間」内の議論は、お約束通り話が進んで、何の波乱もないから、自分で予定も予測もしなかったような発言をする場面など、まずない。

道場は、そのどちらとも違う。

互いに信頼感がありつつ、意見が全て一致している訳ではない。

だから、私のような唐変木でも、謙虚に人の意見に学びつつ、自分の考えを鍛えることができる。

しかも、論壇的な決まり文句を振り回す者は、師範の中にはいない(例えば、原発の段階的縮小と核武装推進を「あわせ技」で同時平行的に取り組むべしといった一見、アクロバティックな方向性は、論壇内では余り語られないだろう)

妙な自主規制やタブーも、勿論なし。

だから、自分でも「想定外」の発言を含め、伸びやかな議論が出来る。

これも、道場が面白い、もう一つの理由だろう。

高森明勅

昭和32年岡山県生まれ。神道学者、皇室研究者。國學院大學文学部卒。同大学院博士課程単位取得。拓殖大学客員教授、防衛省統合幕僚学校「歴史観・国家観」講座担当、などを歴任。
「皇室典範に関する有識者会議」においてヒアリングに応じる。
現在、日本文化総合研究所代表、神道宗教学会理事、國學院大學講師、靖国神社崇敬奉賛会顧問など。
ミス日本コンテストのファイナリスト達に日本の歴史や文化についてレクチャー。
主な著書。『天皇「生前退位」の真実』(幻冬舎新書)『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社)『謎とき「日本」誕生』(ちくま新書)『はじめて読む「日本の神話」』『天皇と民の大嘗祭』(展転社)など。

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